派手そうに見えない人のほうがやりて

派手そうに見えない人のほうがやりて

勤めていた病院は総合病院でスタッフの数は医師や看護師、薬剤師、理学療法士やコメディカルを含めてざっと1,000人以上はいたと思います。

7年間同じ病院に勤めましたが、私ははっきりいってモテないタイプでしたね。
可愛い後輩は医師から言い寄られたりしてたのに…。

病院ではいろんな噂話が飛び交っていました。
手術室のあの看護師とあの医師が…とかあの医師はこの子を狙ってるとか、あの二人は不倫関係にあるとか。

火のないところに煙は立たないとは本当のことだと思います。
ほとんどの噂は真実でしょう。

驚くべきは、その噂のほとんどの看護師は「えー!あの人が?」という感じのちょっと冴えない人が多いんです。

私が6年目のときに新人として入職してきたAちゃんは仕事を覚えるスピードや看護技術のスキルの習得なども同期入職の子よりも少し遅い子でした。

Aちゃんが入職してきた年の忘年会の二次会で事件が起こりました。
カラオケに行ったのは20名ほどでその中にAちゃんも居ました。カラオケの途中からAちゃんと一人の医師が室内でメールのやり取りをしている素振りがあり、先輩である私と友人は二人の行動を注意していました。(新人を安全に家に帰すことは先輩の勤めだと思っています。)

そしてついに二人はメールで打ち合わせをしたのか、時間差でカラオケの部屋を出てしまったのです!
うかつだった私と友人はカラオケボックス内と周辺を探しましたが二人は見つからず。

諦めてカラオケの部屋に帰ろうとすると、店員さんが、

「若い女性が男子トイレに入ったあと、男の人が入ったが二人ともまだ出てこない」と。

まさか!と思いながらもトイレの出口の向かい側の部屋でこっそり待機していると10分程度でまず医師が、その後数分遅れてAちゃんが男子トイレから出てきました。

私達が二人を探していた時間はおよそ30分程度でしょうか。
一体トイレで何をしていたのやら…。

Aちゃんにはその後なんとなく医師との関係性を聞いてみたが連絡は取っていないと。
しかし、Aちゃんの同期入職の子からはその後も医師と時々会っていると聞いていたので、これはまさに意外性バツグンの組み合わせだと思い蔭ながら見ていました。

人は見かけによりません。ましてや白衣の天使は天使であって人じゃないんだからもっと見かけによりません(笑)。

看護師の恋愛は派手

看護師の恋愛は派手

私は、高校2年生からお付き合いを始め8年目になる彼がいました。
その彼とは喧嘩などもなく順調に付き合っていましたが、私は看護師で不規則な生活をし彼は金融業で土日休みの生活だったため、会えるのは2週間に1回でした。
会える頻度はかなり少ないと感じており不満を持っていましたが、仕事柄諦めもあり不満をぶつけることもなく過ごしていました。

私の職場は大学病院ということもあり病棟には常に研修医がおり、3か月ごとに新しい研修医が勉強に来ておりました。
新しい研修医が来るたびに、歓送迎会があり居酒屋で派手に飲んでいたことを覚えております。
その中でも外科医は体育会系の方が多く、医者同士の上下関係は厳しく上司の指示は絶対という空気がありました。
飲み会の席で、上司が盛り上げようと「全裸になれ」と指示をすれば研修医はそれに従い全裸で踊りだす…という光景も珍しくはない状況でした。
そのため、出入り禁止になった居酒屋も多々ありましたが、そのような状況でも毎日楽しい日々を送っておりました。

看護師3年目。
医者から高級焼肉店で食事をしようと誘われ看護師3人、医者・研修医5人、合計8人で食事をしました。
その日は夜勤明けでしたが、普段行けないような高級焼肉店だったので、喜んで行きました。
焼肉は、今まで食べた中で一番おいしかったことを覚えています。
もちろん、すべて医者のおごりです。
酒豪で有名な私でしたが、その日は夜勤明けで昼間2時間程度しか眠れなかったためか、
お酒のまわりも早くお店を出るときには千鳥足になっていました。
しかし、記憶はあり2次会のカラオケでも飲み続けていたことは覚えております。
2次会が終わったことの記憶はなく、次に記憶があるのは自分のマンションのベッドにいたことです。

ある研修医と一緒に。

びっくりして、ちゃんと洋服を着ているか一番に確かめたことを覚えています。
マンションに着いたばかりのようで、特に洋服の乱れもなかったので一安心。
研修医は酔いつぶれた私を家まで送ってくれたらしいのです。
びっくりして正気に戻っていた私は、研修医にお礼を伝え帰ってもらうつもりでした。

その時までは。

研修医を玄関まで見送り、もう一度お礼を伝えるといきなりハグをしてきました。
普段からハグをすることには抵抗がなかった私は、ハグを仕返しました。
その時です!!
研修医の手が、胸の中に入ってこようとしているのを感じました。
とっさに拒否し、「酔ってるからって駄目だよ~」と伝えましたが
「本気だよ」と一言。
それでも、「明日も朝早いんでしょ~帰らないとね~」と伝えると
「ここ(私のマンション)からの方が近いし」と眼差しにドキッとしてしまいました。
その研修医に対して今まで何の感情もなく一緒に働いてきましたが、ドキッとしたのは初めて。
さらに、付き合っている彼に対してはドキッとすることもなくなっていましたので、
久々の感情だったことを覚えています。

ドキッとしてしまったことを気づかれたのか、研修医は服の上から胸を触り
首筋を舐め始めました。
私も力が抜け、その後は拒否することもなく身を任せました。
ベッドに移動し、お互いに服を脱がせ、そのまま一夜を共にすることに。
研修医が経験豊富なのか、お酒の力なのかわかりませんが、
付き合っていた彼よりも優しく、気持ちよかったことは確かでした。

私が起きた時には、研修医は出勤していましたが、
何とも言えない満たされた気持ちだったことは覚えています。
付き合っていた彼ともなかなか会えず、欲求不満だったのかもしれません。
その後、その研修医とはお互いに何事もなかったように振る舞い、
研修期間が終わってからも連絡を取り合ったりすることもありませんでした。

その後、その時付き合っていた彼と結婚をし
現在2周年を迎え出産を控え幸せに暮らしていますが、
その時のことはもちろん話していません。
主人には少し後ろめたい気持ちもありますが、
いい思い出として、心の中にしまっておくつもりです。

ずっと夜勤が当たり前


私は、就職してからずっと夜勤をし、病棟で働いていました。最初の病院では3交代、今の病院では2交代の勤務をしていました。
夜勤をしていると、生活のリズムが乱れ、心身ともにとても疲れていました。3交代の方が体の疲れは大きかったように思います。2交代は体よりも精神的な疲れが大きいように思います。

それでも、20代の時は夜勤明けで遊びに出かけたり、翌日も少し休めば体力は回復していました。
30代に入り、疲労の回復は遅くなり疲れが残ったまま勤務に出るという状態でした。
また、年齢を重ねると仕事量も増え、通常業務以外の仕事もあり夜勤明けで残って仕事をする事も増えていきました。
夜勤なしの生活はどういうものなのか当時の私は想像できませんでしたし、夜勤なしの勤務をする日がくるとは思っていませんでした。

そんな私が夜勤なしの勤務をするようになったのは、約3年前に妊娠してからでした。妊娠しても体調が大丈夫であれば夜勤をしたい、と思っていましたが、切迫流産になり夜勤を免除していただく事となりました。それから、育休が終わって職場に慣れるまで夜勤なしの業務をしました。

始めに感じたのは、生活のリズムが整い体調が良いという事です。毎日のリズムができ、夜勤をしてた頃と比べると身体がとても軽く、疲労の回復も早いです。
子育てをしながらの仕事は初めての事なので、今までとは違った環境であり、それなりに疲れはありましたが、心身共に楽でした。子育てをしていくなかで、子供もまだ小さいですし、子供の精神的にも夜一緒に居てあげられる事はとても良かったと思います。

しかし、復帰して3ケ月で夜勤をする事となりました。子供と夜離れるのは初めてだったので私も不安でした。幸いにも子供が主人にも懐いていますので、私が居なければ2人で仲良く夜を過ごしてくれていました。子供がいて夜勤をしていると、3.11の時のような災害がおこった時、職場を離れられず子供の元へ行けないのではないかという不安もあります。また、今後子供の精神的にこのままで良いのか悩む所ではあります。

現在、第二子を妊娠中で再び夜勤なしの生活に戻りました。やはり、子供の精神的には夜勤をしていない方が良いように思います。そして、私の身体的にも夜勤なしの勤務の方が体調は良いです。今後、無事に出産し、職場復帰する際には、夜勤なしの勤務が可能か確認し、可能であれば子供が小さいうちは夜勤なしの勤務をさせてもらえるように交渉しようと思っています。
夜勤をしながら子育てをしている人もたくさんいますので、一概に子供を産んだら夜勤ができない、というわけではありませんが、我が家は相談の結果、夜勤なしの勤務にさせてもらおうと思っています。

3交代もツラかった

3交代もツラかった

私の病棟は3交代だったので、日勤深夜が普通のローテーションでした。
お昼はバリバリに働き、数時間の休息の後、普通の生活なら眠りにつくであろう時間に起床して、みんなが寝ている時間に働き、そしてお昼に疲れきってヨボヨボになって帰宅・・・友人と遊ぶ時間も取れず、もしろん自分のやりたい事も疲れて出来ずせめて夜勤なしなら、、と何度も考える事がありました。この生活のリズムが本当に辛かったです。

看護師を辞めて、夜勤なしになり太陽が沈めば布団に入り、明るくなれば活動するという当たり前のことが本当に幸せでした。

また、病棟に勤務し夜勤をしていた時は不規則が当たり前だったので、生理不順も当たり前でした。しかし、退職して夜勤なしの生活のリズムが整うと自然と体調もよくなり、生理も規則正くなりました。
夜勤をしなくなったため、肌の調子がとてもよくなりました。

病棟に勤務していた時は、不規則な生活はもちろんのこと、食生活もインスタントばかりでした。
一人暮らしだった私は、勤務に全ての体力を奪い取られ、自炊をして食べる元気も気力もありませんでした。食事を作る余裕もなくコンビニ弁当。準夜明けの日は食事を作る元気がなくコンビニ弁当やインスタントラーメン。とてもひどい食生活でしたが、時間と体力に余裕ができることで、食事を作る余裕も生まれ、食生活も改善して今では食事を作る楽しみが増えました。
看護学校を卒業してすぐ病棟に勤務した私の交友関係は、家族と学生時代の友人と職場の人が全てでした。
また、新人のころから趣味といった趣味のない私は、家と職場との往復で毎日が終わっていました。

今思えば恋人なんて出来ないに決まってますよね。

でも転職した先で素敵な出会いがあり交際することになり、就職してから初めて彼氏もできました。
その彼氏と今では結婚もして子供も授かり幸せに生活しています。
仕事は結婚を期に退職しましたが、夜勤があり仕事で毎日疲れている看護師の方々に私は伝えたいです。夜勤なしの勤務で奪われている事がたくさんあるのだと。働いてる時は無我夢中で気付かないんですけどね。

私みたいにパート勤務になると給料も減りますが、お金以上に生活スタイルがどれだけ大切か身にしみて感じています。私は今妊娠中です。子供が生まれ子供が働く年齢になって夜勤の仕事を始めたらとても心配しちゃいそうです。なんて言ったって食事と睡眠は人間にとってとても大切だから。

大学病院から夜勤なし看護師へ

大学病院から夜勤なし看護師へ

新人時代から、大学病院の消化器外科で働いていました。
大学時代から、夜更かしは苦手で友人と飲み会をしていてもオールをしようとしたカラオケで眠ってしまったりなどが多かったです。

そのため、看護師として働きだして夜勤があり体力的にも精神的にもとてもつらかったです。

まず、仕事なので眠いなどと言ってられないため仕事に行く前の睡眠は十分とりました。
前日の夜は23時ころ就寝しても、起きるのは昼頃でした。
私の病院は2交代制でしたので16時から9時までが夜勤の勤務です。

しかし、準備などがあるので病棟で仕事を開始するのは15時過ぎでした。
9時に仕事が終わったら、先輩たちが休憩室でおしゃべりをしているのでそれに付き合い、
大体休憩室を出るのは10時半か11時ころでした。空腹なので、何かを買って帰るか、
先輩方と食事に行くなどしてから帰宅です。

また眠ることができるのは13時ころが普通でした。
しかし、病棟での会議や勉強会が夜勤明けの夕方にあることもあり、数時間仮眠してまた病院へ行くこともあります。
友人などとの飲み会があることもあり、夜勤明けという理由では断れないので頑張って参加していました。
眠ることが大好きな私は、正直体力的に限界でした。

また、朝方に患者さんの急変があったりすると引き継ぎや後輩指導に時間がかかり11時ころまで仕事をすることもありました。
年数を重ねると、普段の業務以外に院内の委員会などの業務をしなければならず、普段の日勤は20時ころまで仕事をしていたので、 夜勤明けにしか消化することができませんでした。

そんな中、結婚・妊娠をきっかけに夜勤なしの生活をしようと決めました。一番は夫に「疲れすぎて、普通の生活ができてない」
と言われ少しは自分の身体を気遣おうと思いました。夜勤なし看護師の給料も調べました。

夜勤なしの生活をしてみて、身体の調子はとても改善されました。
暴飲暴食で時間もばらばらだった食生活は夜勤なしのおかげで、3食きちんと食べることができました。
また、寝ても寝ても身体が重く感じていたのですが、夜に寝て朝に起きる生活になったら起床後の身体が軽くなりました。
そして、肌のあれも改善してきました。カサカサで老けた顔になって常にクマができていた私の顔は、
健康的で、潤いのある肌になりました。

夫や両親にも夜勤なしの生活に変えて良かったとよく言われます。
また精神的にも落ち着きました。自分では気づいていませんでしたがイライラすることも多く、
夫に不満を爆発したりしてたそうですが、今は心穏やかに過ごせています
夜勤をすると、人数が少ない状況で何か起きたらどうしようという緊張感もあり仕事でのストレスも大きいと思います。